23. 最終テスト
ジョン・Xはベンチから立ち上がった。軍服を整え、グランドセントラル駅へと群衆をかき分けながら、人々を観察した。彼はばらの女性を探した。彼はその女性の内面を知っていたが、容貌はまだ知らなかった。
彼女に興味を抱き始めたのは13か月前のフロリダだった。図書館で棚から本を一冊取って開いたとき、彼は好奇心をそそられた。本の中身ではなく、余白にあった書き込みが興味を引いたのだ。書き込みには、大きな犠牲をもいとわない強い勇気と純朴な心が表われていた。表紙の裏に元の持ち主の名前があった。ホーリーズ・メイネル。彼は長い時間をかけて懸命に元の持ち主を探し、ニューヨークの現住所を見つけ出した。そこへ宛てて手紙を書き、自己紹介をして文通を申し込んだ。
その翌日、ジョンは第二次世界大戦に召集され、船で戦地へ送られた。それ以来、二人は1年と1か月の文通を通してお互いをよく知り、ロマンスが芽生えつつあった。ジョンは彼女の写真を望んだが、彼女は拒んだ。本ものの関係は外見で築かれるものではないと思ったからだ。
とうとうヨーロッパ戦線から帰れる日が来たとき、二人は最初の出会いを準備した。午後7時、ニューヨークのグランドセントラル駅。「きっと私が分るでしょう」と彼女は言った。「襟元に赤いばらを付けて行ますから」。それで、午後7時きっかりにジョンは彼女を待って駅にいたのだ。以下、起こったことをジョン・X自身の口から語ってもらおう。
「若い女性がぼくの方へやって来ました。背が高くすらりとしたひとでした。きゃしゃな両耳にかかる金髪の巻き毛、目は花のような青色…。唇と下顎には品のいい揺るぎなさがあり、淡いグリーンのスーツが人生の春のように輝いていました。ぼくは彼女の方へ歩み出しました。赤いばらを付けていないとは気付きませんでした。ぼくが動いたとき、彼女は唇の両端をほんの少し上げて微笑み、「どなたかをお待ちですか、水兵さん?」とつぶやきました。ほとんど自制できずぼくは彼女に向かって一歩踏み出しました。そのとき、ホーリーズ・メイネルが目に入ったのです。彼女は若い女性のすぐ後ろに立っていました。襟元に赤いばらをつけて。40代を過ぎた、白髪まじりの小太りの女性でした。
グリーンのスーツの若い女性はさっさと行ってしまいました。ぼくは身を二つに裂かれる思いがしました。彼女を追いかけて行きたいとどんなに思ったことか。でも、一方、ぼくが苦しんでいたとき手紙でぼくを励まし、ぼくと一緒にいてくれた、純な心の女性をどんなに深く愛していたことか。そこに彼女はいたのです。穏やかな優しい顔をして。
最初がっかりしたことは否めません。でも、間もなく気付きました。そんな感情は単なる情熱と幻想の反映にすぎないと。それはまさしく、ミス・メイネルのおかげでぼくが目を開かされた本ものの愛とはまるで矛盾します。だから、ぼくは進み出、本当に心をこめて彼女にあいさつしました。確かにそれは恋愛ではなく、何かもっと大切なもの…、多分、恋愛よりいいもの、いつまでも変らない、価値ある本物の結びつきではないでしょうか。
『ジョン・X大尉です。あなたはメイネルさんですね。夕食にお連れしてもよろしいですか』。すると、『どうもありがとう』と婦人は答えました。
『でも、あなたがお探しなのは私の娘です。今去ったばかりの、グリーンのスーツを着た若い女性です。娘は私にばらを渡し、もしもあなたが私を夕食に招待したらあなたにこのばらを持たせるように頼んだのです。娘は向いのレストランであなたを待っていますよ』」。
この出会いは、第二次世界大戦末期の出来事、もう60年以上も前のことだ。現在、ジョンとホーリーズはかなりの高齢だが、あのとき試された本ものの愛は、年月を経てますます大きく、深く、強いものになっているという。
【聖書から】
あでやかさは欺き、美しさは空しい。
主を畏れる女こそ、たたえられる。
彼女にその手の実りを報いよ。
その業を町の城門でたたえよ。
(箴言31:30-31)