神父様からのメッセージ

偽メシア、偽預言者

 まずイエス様の警告の言葉をききましょう。

 “その時「見よ、ここにメシアがいる。見よ、あそこだ」、という者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなた達は気をつけていなさい。”(マルコ福音書13章21-23)

 “偽メシア、偽預言者”が、どの時代にも現れてくるだろうという警告のお言葉です。

 イエス様のお言葉は生きています。すべての時にまたがるものです。“天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない”(同13章31)。キリスト教の歴史を振り返ってみてもすぐ分るように、イエスの警告の通り、どの時代にも、偽メシア・偽預言者が現れてきました。今の時代も決して例外ではありません。 そこで、私たちにとって本物と偽者を見分ける基準を覚えておくことが重要でしょう。イエス様の次の言葉でその基準が示されているように思います。

 “私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、誰も父(神)のもとに行くことはできない。”(ヨハネ福音書14章6)

 イエス様こそ、神の子として“真理であり、命である”と同時に、人間として神に導く“道”でもあるということです。自らの生き方と教えを通して、イエス様が示して下さる“道”こそ、神に至る道です。

 なお、イエス様が示して下さる“道”を学ぶ場は聖書です。聖書のこの教えに従って、神に至る道を歩もうとする私たちを励まして、助けてくれる者は本物の預言者で、違った道を教える者は、たとえ“しるしや不思議な業を行う”者であっても、偽預言者に間違いありません。

 “ナザレのイエス・キリストの名以外、ほかの誰によっても、救いは得られません。私たちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間に与えられていない”(使途言行録4章11-12)。

 神の子、イエス様は罪人の私たちの身代わりとなって、十字架の上に天と地の“和解のいけにえ”としてご自分を捧げてくださることによって、天の門を開いて下さったのです。