05. 主の復活といのちの卵
ジェレミーは奇形で生まれ、知恵遅れだった。12歳でまだ小学校2年生、進級出来る見込みもなかった。担任のドリス・ミラー先生はしょっちゅう彼にイライラさせられた。座席で身体をねじ曲げたり、奇妙なうなり声をあげたりしたからだ。ごくたまに、彼の暗い頭脳に一条の光がさしたかのようにはっきりと正確に話すことがあったけれども、ほとんどいつも、ジェレミーは先生の苛立ちの種だった。
ある日、彼女はジェレミーの両親に電話して保護者面談に来るよう言った。生徒が帰った後の教室にフォレスター夫妻が入って来ると、彼女はこう切り出した。「ジェレミーに本当に必要なのは特殊学校です。学習に問題のない年下の子供たちと一緒にいるのは彼のためによくありません。教室の子供たちと5歳も違うのですよ。」
フォレスター夫人はハンカチを取り出し、声をしのんで泣いた。夫が言った。「ミラー先生、その種の学校は近くにありません。この学校から転校させなければならないとしたら、ジェレミーには大きなショックでしょう。彼はほんとうにここが好きで、ここにいたいのです。」
夫妻が立ち去ったあと、ドリスは座ったまま、降りしきる雪を窓から長い間見つめていた。雪の冷たさが彼女の心にしみ込んで来るようだった。たしかに、フォレスター夫妻には同情してやりたかった。ひとり息子のジェレミーは末期の病気を抱えていたのだ。しかし、自分の教室にい続けるのは不公平というものだ。彼女は彼のほかに生徒を18人受け持っている。ジェレミーは彼らにとって気が散る存在だ。そればかりか、彼自身、決して読み書きを学ぼうとはしない。何のために苦労して時間を浪費しなければならないのだろう。
状況をあれこれ思いめぐらしているうちに、彼女はやがて自責の念にかられた。「私はここでこうして抗っている。哀れなあの家族に比べたら私の問題など何でもないことなのに」。そして祈った。「どうか主よ、私がジェレミーに対してもっと辛抱強くなれるよう助けてください。」
その日から、彼女はジェレミーが立てる雑音や虚ろな視線を気にしないようにつとめた。
ある日、ジェレミーが悪い方の脚を引きずりながら彼女の机にやって来た。「ミラー先生、ぼく、先生が好きです」彼はクラスのみんなが聞こえるほど大きな声で叫んだ。生徒たちは一斉にくすくす笑い出し、ドリスは赤面した。「な、なんですって? どうもありがとう、ジェレミー。さ、自分の席へ戻りなさい。」
春がやって来た。生徒たちはうきうきと復活祭のことを話題にした。ドリスはイエスの物語を子供たちに語って聞かせ、新しいいのちの誕生ということを分らせるために、一人一人に大きなプラスチックの卵を配った。「さあ、みんな、これを家に持って帰りなさい。宿題ですよ。明日までに、この卵の中に、何か新しいいのちを表すようなものを入れて持って来なさい。分りましたか?」
「はい、ミラー先生。」ジェレミーを除くみんなは元気よく答えた。ジェレミーは先生の言ったことが分ったような顔で聴いていた。彼はいつまでも先生の顔をじっと見ていた。いつもの雑音も立てなかった。イエスの死と復活について説明したことを、この子は理解したのだろうか? 出された宿題を理解したのだろうか? 宿題のことは、多分、両親に電話で説明しておくべきだろう。
その日の午後、ドリスの台所の流し台が詰まった。水道屋を呼び、水道屋が来て治してくれるまでに一時間かかった。その後、マーケットへ買い物に行き、ブラウスにアイロンをかけ、翌日の単語試験の準備をしなければならなかった。あれやこれやで、ジェレミーの両親に電話するのをすっかり忘れてしまった。
次の日の朝、19人の生徒たちは、学校へやって来ると、笑い、喋りながら、ミラー先生の教壇上の大きな藤のかごに自分の卵を入れた。算数の時間が終わり、いよいよ卵を開ける時が来た。
最初の卵には花が一輪入っていた。「おお、そうです。確かに花は新しい命のしるしです。植物が花を咲かせるとき、私たちは春が来たことを知ります」一列目にいた小さな女の子が腕を振った。「わたしの卵よ、ミラー先生。」
次の卵には本物そっくりのプラスチックの蝶が入っていた。ドリスはそれを高くあげて言った。「毛虫は姿を変えてきれいなチョウチョになります。そう、これも新しい命ですね。」小さなジュディーは誇らしげににっこり笑って言った。「ミラー先生、それ、わたしのです。」
次の卵には苔の生えた石が入っていた。彼女は苔もまた、石にさえ生える命のしるしだと説明した。教室の奥からビリーが声を上げ「パパが手伝ってくれたんだ」とにこにこして言った。
次にドリスは4番目の卵を開けた。その途端、失望の色を出さないよう自制しなければならなかった。これは絶対ジェレミーの卵にちがいない。彼はやっぱり私の指示が分らなかったのだ。両親に電話するのを忘れさえしなかったら…。彼女は彼にバツの悪い思いをさせないよう、卵をそっと横に置き、次の卵に手を伸ばした。
すると、突然ジェレミーが口を開いた。「ミラー先生、ぼくの卵のことは言わないの?」ドリスは上の空で答えた。「でもジェレミー、あなたの卵は空っぽですよ。」みんなは笑った。が、ジェレミーは先生の目をまっすぐに見て、よどみなく静かに言った。「うん、でもイエスさまのお墓も空っぽだった。」
時間が止まった。
ようやくまた口がきけるようになってドリスは聞いた。「どうしてお墓が空っぽだったか知ってる?」「うん、知ってる。イエスさまは殺されてお墓に入れられた。あとでお父さんが起こして連れて行った。」
休み時間の鐘が鳴り、子供たちが元気よく校庭に走って飛び出して行く中、ドリスは泣いた。彼女の胸の中の冷たいわだかまりは完全に氷解していた。後に、彼女はジェレミーの卵が一番だったこと、そしてその理由を生徒たちによく説明した。
3ヶ月後、ジェレミーは死んだ。弔問に訪れた人々は、棺の蓋の上に置かれた19個の卵を見て驚いた。卵はすべて、中身が空っぽだったからである。
【聖書から】
わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。(ヨハネ11:25)
キリストは死者のうちから復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。(1コリント15:20?21)